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総門-江戸時代末期の建築

境内には地形の高低差を生かして多くの建物が建ち、それらの間は渡り廊下でつながれている。

総門-江戸時代末期の建築。「高麗門」と呼ばれる形式である。
中門-延享元年(1744年)の建築。「薬医門」と呼ばれる形式である。「高麗門」「薬医門」ともに、寺院建築よりは城郭、大名屋敷などに多く見られる形式である。
御影堂-1912年(大正元年)に完成した総ケヤキ造の仏堂。宗祖法然を祀る堂で、本尊を安置する阿弥陀堂よりも規模が大きい。
阿弥陀堂-御影堂より一段高い敷地に位置する。慶長年間(17世紀初)頃の建築。本尊の「顧り(みかえり)阿弥陀」像(重文)を安置する。
多宝塔-境内の最も高い位置にあり、景観上重要な位置を占めている。1928年(昭和3年)、篤志家の寄付で建設された。
方丈-「方丈」は禅宗寺院特有の建物で、他宗ではあまり見かけないものだが、禅林寺の方丈は、平面、立面ともに禅宗寺院の方丈と同形式の建物である。寺伝では永正年間(1504-1511)、後柏原天皇によって建てられたというが、実際の建築は江戸時代に降るものとみられる。
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文化財 [編集]

国宝 [編集]
山越阿弥陀図-鎌倉時代の仏画。
金銅蓮華文磬(こんどう れんげもん けい)

重要文化財 [編集]

絵画 [編集]
絹本著色釈迦如来像・十大弟子像
絹本著色薬師如来像
絹本著色来迎阿弥陀如来像
絹本金彩阿弥陀二十五菩薩来迎図
絹本著色釈迦十六善神像
絹本著色十界図 2幅
絹本著色十六羅漢像 16幅
絹本著色当麻曼荼羅図
絹本著色仏涅槃図
紙本淡彩釈迦三尊像 狩野元信筆 
紙本著色融通念仏縁起 伝土佐光信筆2巻 
紙本墨画波濤図 12幅 長谷川等伯筆
二十五菩薩来迎図絵扉(善導大師厨子扉)12枚

彫刻 [編集]
木造阿弥陀如来立像(みかえり阿弥陀)-「みかえり阿弥陀」の通称で知られる、頭部を左(向かって右)に向けた特異な姿の像。像高77センチ。かつては鎌倉時代の作とされたこともあったが、作風、構造等の特色から、平安時代末期、12世紀頃の作と見るのが妥当である。この種の「みかえり阿弥陀」の作例は中国にもあり(四川省安岳円覚洞16号窟、宋時代)、日本では山形県善光寺像など、鎌倉時代以降の作例が若干知られている。1999年、重要文化財に指定。

書跡典籍 [編集]
當麻曼荼羅縁起
融通念仏勧進帳 文安四年三月日(金銀泥下絵料紙)

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2009年03月17日 09:40に投稿されたエントリーのページです。

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