2009年06月21日

新聞販売店(しんぶんはんばいてん)とは

新聞販売店(しんぶんはんばいてん)とは各世帯と新聞の宅配契約を結び宅配、集金をする店(営業所)のことである。新聞社とは別の会社によるものであり、新聞社との契約によって販売事業を行っている。

日本の新聞戸別宅配制度を維持する独自のシステムとなっており、日本の高い新聞購読率は新聞販売店が支えている。2007年10月現在、全国に20,424軒の販売店があり[1]10年前と比較すると2,549軒減少している。

都市部では各新聞専門の販売店(専売店)が多いが、新興住宅地や地方では2紙以上の新聞を扱う販売店も多い。販売店では新聞を一部のみ購入することや、新聞社が刊行している書籍を注文することができる場合もある。
新聞販売店は、新聞社との契約により販売の拡張と購読者の管理および集金業務を行うのが主業務である。新聞購読料とそれへ折り込まれるチラシの売り上げが主な収入源であり、これに付随して本社から支給される様々な補助費も加算される。

全国の販売店合計で年間約1兆7500億円が売り上げて本社へ納められており、この内、合計約6500億円が配達手数料として更に約1500億円が販売促進費として本社から販売店へ還元される仕組みとなっている。全体から占める販売経費の比率からすれば、非常に販売コストの高い業種でもある[4]。
スノーボード
ベジタリアニズム
キャラクター
絵画
甲殻類
潮干狩り
相撲
就学前教育
月経
緩歩動物
エイズ、HIV感染
信越地方
切り絵
鳥類
新婚旅行
盆栽
夜景
御節料理
カーナビゲーション
里山

補助金 [編集]
販売店と本社の営業担当者との取り決めにより担当地域の世帯数から算出した基数が設定され、これを基にして補助金や奨励金などが決まる。金額は、自販売店の扱う銘柄の購読者が世帯数に占める割合が多いほど高額となる。

補助金の内訳としては他にも従業員の厚生費の補助や新聞拡張団を入れるための補助など非常に多岐に渡る項目があり、販売店の経営者ですら掌握しきれない場合もあるほど分かりづらい構造となっている[5]。また補助金の内訳は本社販売担当者の裁量下にあるため、新聞社としての明確な規定はないとされる[6]。

2009年06月03日

投資(とうし)とは、主に経済において

将来的に資本(生産能力)を増加させるために、現在の資本を投じる活動を指す(現代において、生産能力の増加しない商業活動はこれに含まない)。広義では、自己研鑽や人間関係においても使われる。

どのような形態の投資も、不確実性(リスク)が伴う。一般に、投資による期待収益率が高い場合、不確実性(リスク)も高まる。この一般則に反する取引が可能な場合、裁定取引が行われ、収益率の低下またはリスクの増大が起こる。

金融における投資は、投じたお金が経済活動に使われることによって得られる利益を、資金提供の見返りとして受け取ること。 例えば、証券(株式、債券等)購入を通じて提供されたお金で、企業が工場を増設して利益をあげ、その利益が企業価値の増大によるキャピタルゲインや配当として、投資家に還元される場合が該当する。 不動産に対する投資も、売買相手の損失によって儲けるのではなく、購入資産の利用によって儲けることを期待する場合は、投資とみなすことができる。高いリターンを目的に、リターンに見合わない、より高いリスクを取る投資のことを、投機と呼ぶ。

一方で、売買主体のリターンの合計が必ず0かマイナスになる対象への行為はギャンブルと呼ばれる。例としては、宝くじ、公営競技、パチンコなどが挙げられる。ただし投資のうち、株取引や先物取引などの投機的性格が強い投資についてはマネーゲームと言われることがあり、広い意味でのギャンブルに含められる場合もある。

不動産 - 土地、マンション、アパートなど。購入した物件を賃貸にしたり、あるいは売却したりすることによって収益を得る。
為替・株式・債券・商品 - 投資対象にはそれぞれ性格があるので投資の際には、よく調べることが肝心である。
また、投資の種類も重要な要素となる。一口に短期投資といっても、1日で売買を完結するデイトレードから1週間前後で手仕舞うスウィングトレードなど多種にわたる。
探偵 住まい リラク 雑貨 介護 サプリ 語学 地域情報 生涯学習 海外 矯正 ホテル 美容 調査 料理 老人 介護 健康 園芸 生活習慣病 教材 音楽 産業 教材 信越北陸 バスト ビジネス 養毛 介護サービス 家具 生活習慣病 旅行 グルメ 健康 生活雑貨 生活習慣病 健康食品 学校 動物園 中国四国 近畿東海 矯正 SEO対策 癒し マンション お祝い 生活習慣病 菜園 わきが 乗物

経済学における投資は、資本(生産手段)を増加させることを指す。資本形成ともよばれる。

例えば、設備投資や公共投資が挙げられる。これらの投資は、民間資本や社会資本を増加させ、経済の生産力を向上させる。また同時に生産設備などの投資財(財を生み出すための財)を需要することでもあり、合わせて乗数効果による需要拡張効果も持つ。つまり、投資は供給力を増加させ、同時に需要も増加させる(投資の二重性)。閉鎖経済においては、この需給が均衡するのは「ナイフの刃」(ハロッドによって提唱された)の上を歩くように厳しい条件があり困難であるが、開放経済においては、貿易がこれらの需給ギャップを吸収する。このような国では投資が盛り上がることで需給がバランスを取った黄金時代を迎えることができる。

また、貨幣経済が浸透していない封建農業経済でも、一定量の労働力を割いて灌漑設備建設や開墾をすることで、現時点での作物生産が減少しても、将来より多くの作物生産を得ることが出来る。これも投資に当たる。

2009年04月30日

名目上ここで分隊を指揮

名目上ここで分隊を指揮していたウォルター・ローリー大尉は、実戦経験が少なくこの時戦術的な誤りを犯した。町中の擲弾兵隊に援軍を要請した結果が何者ももたらさないと分かった時、ローリーが発した命令は橋の後方で川に垂直に戦列を作り「ストリート・ファイアリング」を行う陣形を採らせたことだった。この陣形は町の中の建物の間など狭い通路に対して集中砲火を浴びせるには適しているが、橋の後方の開けた場所には適していなかった。橋を渡って撤退する正規兵が、他の部隊がストリート・ファイアリングの陣形を採っているのを見て混乱が広がることになった。ウィリアム・スーザランド中尉は隊形の後方にあって、戦術の誤りに気付き側面を抑える部隊を出そうとした。しかし、スーザランドはそこにいた兵士とは異なる中隊の者だったので、命令に従ったのは4名のみであった。残りの兵士は上官のローリーの命令に従うために混乱の中でできることを尽くした。

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両軍は映画に出てくるような互いに向かい合った形にはならなかった。大文字のTの形に両軍が相対することになり、Tの字の上、水平線が愛国者兵、下の縦の線が橋であり、その先のローリーのイギリス兵ということになった。集団心理というのだろうが、混乱したイギリス兵はストリート・ファイアリングの陣形を作り続け、愛国者民兵は橋に向かって土手道を二列縦隊で進むという形になった。

1発の銃声が発せられた。今回はイギリス軍の列から発せられたことは両軍とも認識できた。ローリーが戦闘後に書いた報告書では、威嚇射撃であり、恐怖に取り付かれ疲れ切っていたイギリス兵が発砲したということである。直後に他にも2人の正規兵が発砲し、続いて1列になっていた部隊の先頭にいた兵士達が攻撃命令が出たものと思ってばらばらと発砲した時ローリーがそれを止めさせた。

橋に向かって前進していた愛国者民兵軍の先頭で、アクトンの民兵、アブナー・ホスマーとアイザック・デイビスが撃たれて即死し、4名が負傷したが、バットリック少佐が叫んだ「撃て!後生だ。仲間よ、撃て!」と叫んだ時に初めて停止した。隊列はコンコード川で遮られほんの50ヤード (45 m)の距離になっていた。民兵の先頭は道で遮られ、戦列を組むことが難しかったが、仲間の頭越し、肩越しにイギリス軍目がけて発砲した。銃弾は弧を描いて飛びイギリス兵の真ん中に跳んでいった。この一斉射撃で橋近くの隊列の先頭にいた8人のイギリス軍士官のうち4人が負傷した。最終的に3人の兵士が戦死し、スーザランド中尉を含む10名が負傷した。

イギリス兵は数的にも負けており、戦術的にも不利な位置にいることをこの時認識した。指揮官が欠け、多数の敵に恐れをなし、このような戦闘を以前に経験したことのないイギリス兵は、心を奪われて負傷者も捨て、町の中心からやってくる擲弾兵中隊の方に逃げ出した。

2009年04月15日

韓国起源説

韓国起源説(かんこくきげんせつ)とは、韓国の団体や韓国人などが主張する、外国の諸文化などの起源や伝播を朝鮮半島に求める言説群の俗称。一般に根拠不十分で合理的でないとされる。近代になって突然主張される事例が多く、特に日本文化や中国文化に対して主張されることが多い。韓国の会社やスポーツ団体や文化団体が公式に発表している例から、一部の研究者や文化人の説として新聞や著作物に発表される例など多岐にわたり、単にメディアによって言説が流布されるのみならず、実際に韓国起源の文化としての認知を求め、国際的な活動が行われているものもある。韓国起源論ともいう。

韓国起源説の対象分野は剣道、柔道、合気道、相撲といった日本の武道を始め、刺身やうどん、醤油などの日本食、侍、武士道、日本刀、茶道、盆栽など、あらゆる日本文化、さらには中国文化、インカ文明、サッカーなど、多岐にわたる。証拠が一切ないにも関わらず主張したり、無理な陰謀説を持ち出したり、証拠があっても意図的または無意図的曲解を行ったりと、客観性に欠け、恣意的解釈、拡大解釈、思い込みで韓国の民族的・文化的優越性を説くことが大きな特徴である[1]。

韓国起源説がいつごろ始まったかは定かではないが、日本や中国で広く認知されるようになったのは、近年インターネットが普及し初めてからであり、『マンガ嫌韓流』などの出版物で取り上げられたことによりさらに注目を集めるようになった。中国網民(ネットユーザー)対象のアンケートで韓国が「嫌いな国」第1位になったが[2]、その理由が韓国起源説にあるということが毎日新聞でも取り上げられた[3]。韓国起源説の中には韓国内ですら受け入れられていない説[4][5]から、韓国外でも信じている者が多い説まで様々である。

このような主張や言説を揶揄して日本のネットユーザー、特に2ちゃんねるでは、朝鮮語で「私たちの」を意味する「ウリ=우리」とかけて「ウリジナル」と呼ばれることが多い。このウリジナルという言葉は、『週刊新潮』[要出典]や『週刊文春』[要出典]や『SAPIO』[要出典]などでも取り上げられ、大学教授でも用いるものがいるくらい広まっている[6]。似たような呼称として「コリエイト(korea+create)」がある。

このような起源主張は韓国以外にも少なからず存在するが[7]、韓国起源説のきわめて特異な点は、本項目の具体例に例示されているように、他国で主張された起源説と比較にならないほど、頻度が高く、対象分野が広く、宣伝活動が大規模であり、国際的影響力を持ち、自民族優越主義的なところである。例えば、2002年アジア競技大会組織委員会や大韓剣道協会のような大きな公式国際団体や、朝鮮日報や東亜日報のような大手マスコミが堂々と主張したり、映画が作られたり、海外公演をしたりする。その際に「韓国文化の優秀性を知らせる」「日本文化の本家源流は韓国だと知らせる」などと露骨に「文化の優秀性・劣等性」に言及し宣伝活動を行う。それを鵜呑みにした韓国ネットユーザー、いわゆる「ネチズン」らがブログやオーマイニュース等の市民メディアに投稿し、大衆の間にコモンセンスとして定着を狙い既成事実化が進んで、国内の教科書に記載される。これにより、事実無根の起源説がさらに別の起源説の根拠になる等、結果としてますます現実と虚構の区別がつかない状態になる。実際、韓国政府は与党寄りの報道をするオーマイニュースや主要新聞を含め新旧マスメディアに対して公的資金投入を決定し、その認定基準が明瞭でないとして野党から激しく反発をうけている[8]。

静岡県立大学の元教授である大礒正美は、とりわけ日本文化に対する韓国起源説について、「何でもかんでもこじつけてしまうわけです。特に日本を見下し、何を言ってもいい、という感覚がある。韓国国民が起源説を信じているというよりは、ワーワー言うのが楽しいという感じ。それにメディアが乗っかって話を大きくするわけです」と分析している[9]。

日本文化に対する韓国起源説 [編集]

韓国人の対日認識 [編集]
韓国起源説は「韓国人(朝鮮民族)と韓国文化(朝鮮半島の文化)の優越性」を強調するために「日本人と日本文化の劣等性、未開性、野蛮性」と比較して主張される場合が非常に多い。実際に韓国の歴史教科書は、「朝鮮半島の先進文化を未開な日本に教えてあげた」「近代化以前の日本の文化はすべて偉大な先進文化を持つ朝鮮半島から由来したもの」「野卑な日本はいつも朝鮮半島を侵略して財物を奪っていった」「優秀な朝鮮民族と劣等な日本民族」といったような歴史的事実と異なる自民族優越主義的で侮日的な歴史認識を基に編纂されていて[10][11][12][13]、文中には、「東アジアの文化的後進国であった日本」等とも明記されている[14][15][16]。さらに、日本で独自に発祥・発展した文化や社会についての記述や、日本の対外交易で最も盛んだった日中の間での東シナ海の直接海上交易の存在[17]の記述がほとんどないことも「日本のほとんどの文化は朝鮮半島起源」との誤解を生む原因となっている[18][19]。

また、日本文化に対する韓国起源説が発生する思想的背景について「母の国の朝鮮と、子供の国の日本」「兄の国の朝鮮と、弟の国の日本」という歪んだ小中華思想と儒教意識が原因としてあげられることもある。例えば韓国の大手新聞社は、「日本人が、自らが百済からやってきた人々の後裔で日本の文化と歴史の源流が韓国にあるという事実を徹底的に否定しようとするのは、小児病的根性であり、韓・日両国民の憎悪と葛藤はここから始まっている」「日本人が暇さえあれば、母親の国へ向けて倫理を破り犯すのは、韓半島から捨てられた渡来人たちの後裔という根深い劣等意識が発現したものである」「日本は母の国の韓国に対して礼遇をとらなければならない」と主張している[20][21]。

このような「日本の歴史の源流は韓国」という韓国人の意識が韓国起源説の原因になっているという指摘に対して、水野俊平も、韓国国内で「古代日本人は韓国人(百済人)であり、倭は百済の植民地であり、日本は百済人によって建国された国である」という主張が広く支持されていることを原因として指摘している[22]。

また、「チョッパリ」や「ウェノム」や「イルボンノムドル」といった日本人を指す侮蔑語が小学生用国語辞典にまで掲載され、マスコミやテレビドラマ等でも極めて侮蔑的に使用されたり[23][24][25]、「島国」という言葉が「未開で劣等な」という侮蔑的な意味を持ち、駐日韓国大使までもが使用することにも表われているように[26]、このように歪んだ自民族優越主義的で侮日的な認識は、韓国社会と国民の間で広く共有されている[27][28][29][30]。

この、多くの韓国起源説に共通する「韓国人と韓国文化の優越性」と「日本人と日本文化の劣等性と野蛮性」という認識は、「高名な日本文化はほとんど朝鮮半島起源」という認識を裏返した「韓国にある悪い文化の起源は日本」という認識にも反映されている。例えば、韓国の警察庁関係者や大学教授までもが、「韓国で続発する、いじめ・集団強姦・援助交際は日本文化が起源で、韓国人の精神が強奪されている」と主張をしている[31]。また、日韓併合時代に韓国に伝わった花札については、ソウル大学民俗学教授の金彊岳博士や花札製造メーカーが「韓国の伝統的なモラルを破壊する事を目的に日帝が意図的に普及させたものであり、日本政府は花札賭博中毒者に謝罪と賠償をするべき」[32]、「花札には日本の帝国主義者らが意図する民族精神の抹殺と皇民化の政策が染み込んでいる」等と主張し、実際に花札のデザインを変える等している[33]。この「日本の劣等な退廃文化」という認識は倭色という言葉で公の場で表現されるほど一般的なものである[34]。

また、多くの韓国起源説に共通する「韓国文化の優越性」と「日本文化の劣等性と野蛮性」という認識を補完する主張として、「日帝(日本)による文化の抹殺と略奪説」というものがある。これは、日本が韓国併合時代や文禄・慶長の役の時に、朝鮮半島の優秀な文化や文化財を抹殺・略奪したというもので、起源を主張している文化が現在の朝鮮半島に存在していない理由を日本の侵略に求めている。また、韓国起源を主張していない文化についても、自己文化の伝統と正当性の根拠付けとして「日帝(日本)による文化抹殺」という主張が用いられる。主な例として弓道[35]が挙げられる。

一方、韓国起源説を主張する文化が現在朝鮮半島に存在する場合は、韓国人は、剣道や柔道や合気道の韓国起源説に見られるように、実際は日韓統治時代に日本が韓国に伝えたものを、逆に韓国が日本に伝えたと剽窃して韓国起源説を主張することが多い。この際、剣道や合気道や茶道に見られるように、日本の衣装や作法に少しの改変を加えて起源を主張したり、柔道や合気道で見られるように「日帝(日本)による文化抹殺説」が主張される事が多い。(下記の主な具体例を参照)

韓国人は、寿司に代表される日本食が世界的人気になったり、ポトマック川の桜祭りが有名になったり、侍や武道がクールなものとして認識されるなど、日本文化が特に欧米で人気を博し有名になると、その文化に対して韓国起源認説を主張し始める場合が多い。実際に、韓国人が「日本文化が欧米で人気を博している」と認識する以前は、侍や日本刀や寿司や刺身について「日本人の残虐性と未開性」と関連して言及される場合が多く、桜も「日本帝国主義の象徴」として忌み嫌われていた。

日本文化に対する韓国起源説と韓国人の対日認識については水野俊平の著作が詳しい。またマンガ 嫌韓流などの嫌韓関連書籍にもたびたび紹介されている。

チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

2009年03月31日

隆の里俊英

隆の里 俊英(たかのさと としひで、本名:高谷 俊英、1952年(昭和27年)9月29日 - )は、大相撲の第59代横綱。青森県浪岡町(現青森市)出身。身長183cm。現在は年寄・鳴戸

入門 [編集]
二子山親方が、故郷の青森県に来て大鰐で下山(後の若三杉であり2代目若乃花)をスカウトした後タクシーに乗ると、運転手が「親方、浪岡にも大きいのがいますよ」と言うので紹介を頼んだ。これが高谷俊英、後の隆の里だった。当初は高校入学直後で足を怪我していたため固辞したが東京見物を口実に連れ出されその間に身辺に根回しをされてしまい観念した。偶然のことから二子山親方に勧誘された高谷は、浪岡高校(柔道に励んでいた)を中退して二子山部屋に入門することを決める。後に横綱に昇進する下山少年と高谷少年が、二子山親方に連れられ、夜行列車に乗って一緒に上京したことになる。諸説あるが親方らは二人が途中駅で下車し引き返さないように一晩中消灯せずに見張っていたという。昭和43年(1968年)7月場所で初土俵を踏む。

糖尿病との闘い [編集]
幕下だった昭和47年(1972年)に、暴飲暴食による糖尿病を患った。食事に厳しい制限が課せられ「いっぱい食っていっぱい稽古して」という力士が強くなるための条件を半分失ってしまった。幸いにも稽古するなとは言われておらず、むしろ稽古を増やすことで病状が快方に向かうので人一倍稽古をした。糖尿病を隠す力士も多い中、病気を周囲にきちんと公表し、後援者などとの酒の席でも「病気のためにあまり飲めません」と説明していたらしい。本人はインタビューで「相撲でつとまらなくて中途半端な状態で田舎に帰ったら、周囲から何を言われるか分からない。だから頑張った」と当時を説明している。

糖尿病に効くと言われれば薬や民間療法も試すなど治療のためなら正に何でもしたが、失敗も少なくはなかった。ある時野菜ジュースを作っていた際、同部屋の兄弟子である貴ノ花に「みんなで酒飲んでる時に君だけ野菜ジュースか」と言われたこともあった。また貴ノ花からは「漢方薬博士」というあだ名も送られている。もちろんこれは弟弟子に対する愛情表現である。

糖尿病を患ってからは成績が振るわず、同期生の若三杉(下山)に水をあけられたが、若三杉は「同部屋のライバルは誰ですか?」と聞かれれば、たとえ失笑されても常に「隆ノ里です(「の」の字は当時は片仮名)」と答えていたことも励みになった。若三杉が横綱・若乃花になって以降も、インタビューなどでは「隆の里は俺より強いですよ」とたびたび答えている。当時の隆の里は「稽古場大関(横綱)」と呼ばれ、関係者の間では実力者であることが認識されていた。

十両東3枚目だった昭和50年(1975年)1月場所には珍しいヌケヌケを記録している。初日に勝ってのヌケヌケであったため8勝7敗の勝ち越しだった(後述)。

昭和50年5月場所新入幕。当時から怪力による吊り寄りの強さには定評があったが、突き押し相撲には弱く、相手を捕まえられないまま土俵を割ってしまう場面も多かった。糖尿病の影響で血糖値が不安定なのも影響していたようだ。また身体が柔軟性に欠け、柔道時代の癖もあって、どちらかというと取り口は不器用な方だった。この点、身体の柔らかさからくる懐の深さを武器にしていた若三杉とは対照的である。実力は十分ながら精神面で弱いと評されたこともあり、大舞台でなかなか実力を発揮できない部分もあったと言われている。

大関候補として期待がかかっていた昭和56年(1981年)7月には『糖尿病に勝った!』(立風書房。のち学習研究社に合併)という本を出している。

幕内~横綱まで [編集]
入幕してすぐには幕内に定着できず、十両との往復を繰り返した。その間に、同部屋の若三杉や怪童と呼ばれた北の湖など、いわゆる花のニッパチ組(昭和28年生まれ)に先を越されてしまう(隆の里は昭和27年生まれ)。

昭和54年(1979年)5月場所に4度目の入幕。翌7月場所で四股名を「隆ノ里」から「隆の里」に改名し、以後は幕内に定着する。昭和55年(1980年)頃から糖尿病が快方に向かい成績が向上。師匠・二子山親方がよき理解者となり治療に協力したのが大きかったという。隆の里は、1970年代の相撲界では異端視されていた筋力トレーニングなどの科学的トレーニングを、早くから積極的に行っていた。一部で「頑迷」と語られる二子山も、隆の里が科学的トレーニングばかり行うのではなく相撲本来の稽古も熱心だったことから、独自のトレーニング方法を認めていたと言われる。

千代の富士や琴風、朝汐、同部屋の太寿山などと並んで大関候補と呼ばれるようになった。とはいえ精神面の弱さからか成績が安定せず、大関昇進に幾度か失敗し、千代の富士や琴風に先を越される結果になった。その後、苦労のかいあって昭和57年1月場所後に当時最スローの82場所で大関に昇進した。

同年9月場所には全勝で初優勝。最初の綱とりは10勝5敗で失敗するが、翌場所から成績が上昇し昭和58年(1983年)7月場所で14勝1敗で2度目の優勝。場所後に第59代横綱に昇進する。土俵入りは不知火型を選んだ。糖尿病の苦しみに耐えながら時間をかけて横綱に上り詰めた姿から、新聞は当時の人気ドラマ『おしん』(NHK連続テレビ小説)になぞらえ「おしん横綱誕生」とその昇進を伝えた。

千代の富士の天敵 [編集]
隆の里は身体が硬いせいか立合いがやや腰高だが、持ち前の怪力を生かし、右四ツ両廻しを引き付けて吊り寄りで攻めるというのが得意な取り口だった。突き押し相撲はやや苦手にしていたが、右四つがっぷりに組み止めてしまえば、どんな強敵もほぼ確実に仕留めるだけの力を持っていた。

千代の富士(隆の里とは同時に十両に昇進している)は隆の里を大の苦手にしていた。千代の富士いわく「相四ツだけどがっぷりになると力負けする、何をやっても全部読まれて裏目に出る」という程のものだったといい、場所中に支度部屋や廊下で隆の里とすれ違う際、顔も見たくない気分だったという。隆の里は千代の富士攻略のため、千代の富士の相撲をビデオテープに録画。何度も繰り返し再生し、千代の富士の弱点を徹底研究していたと言われる。その結果ビデオテープが擦り切れたり、ビデオデッキが壊れたり、隆の里がビデオばかり見ているので遊びに来た友人が呆れ果てて帰ってしまう、というほどだった。

千代の富士には対戦成績で16勝12敗(十両でも3度の対戦がありこれを含むなら18勝13敗)。千代の富士が平幕の頃から横綱だった北の湖を除けば、隆の里がただ1人歴然とした差で勝ち越しており、昭和56年(1981年)7月場所から昭和57年(1982年)9月場所まで8連勝した。さらに、昭和58年(1983年)7月場所から昭和59年(1984年)1月場所まで、4場所続けて千代の富士と優勝をかけて千秋楽相星決戦を行ない、3勝1敗という成績を残した。隆の里は優勝決定戦を1度も経験していないが、もし千代の富士対隆の里という決定戦があれば、千代の富士の決定戦無敗はなかったかもしれない。

対千代の富士戦では多くの熱戦があったが、昭和56年(1981年)9月場所では、横綱に昇進したばかりの新横綱千代の富士と2日目に対戦が組まれた。たまたま隆の里は体調不良で、病院から直接国技館に場所入りして対戦。互いにがっぷり四つになり、しばらく土俵中央で胸が合っていたところ、突然隆の里が強烈な上手投げで一瞬で千代の富士を横転させるという展開になった。千代の富士は場所前から痛めていた足首を負傷し、翌日から休場を余儀なくされる。病院から場所入りした隆の里が、千代の富士を病院送りにするという皮肉な結果となった。千代の富士は翌場所やっと復活したものの、隆の里は対千代の富士戦で更に6連勝を重ね、横綱を全く寄せ付けぬ強さを発揮した。横綱昇進前には「史上最強の大関」という呼び方をされることもあった。

なお1982年前後、隆の里、千代の富士、琴風の横綱・大関陣は三すくみの関係にあった。隆の里は千代の富士に強く、千代の富士は琴風に強く、琴風は隆の里に強いのである。隆の里は長く琴風を苦手にしていたが、大関昇進の時期には琴風を圧倒するようになっていた。

横綱時代 [編集]
昭和58年(1983年)9月場所は千秋楽全勝横綱同士結びの一番の対戦で千代の富士を倒して、新横綱で15戦全勝優勝を果たした。新横綱の全勝優勝は昭和13年(1938年)1月場所の双葉山以来実に45年ぶり、15日制定着後は史上初の快挙である。横綱同士の楽日全勝対決は昭和35年の若乃花-栃錦からこの一番まで4度を数えるがこれを最後に二十年以上も出ていない。昭和59年1月場所では13勝2敗で4度目の優勝を果たした。昇進時の「おしん横綱」のほか、僧帽筋が大きく盛り上がった筋骨隆々の体型から「ポパイ」というあだ名もあった。 その後は体力の衰えや故障が重なり成績が下降する。肘の手術を受けるなどで、昭和59年(1984年)11月場所からは休場が長く続きがちとなった。昭和60年(1985年)7月場所で10勝をあげ一度は復活するが、翌9月場所は初日から2連敗で途中休場。11月場所は4日目、関脇北尾(のち双羽黒)を攻めきることが出来ず逆転負け、1勝3敗となったこの時点で新聞各社は引退を疑わなかったが、現役続投でやはり休場。再起をかけた昭和61年(1986年)1月場所でも本来の力は回復せず、同場所初日に保志(のち北勝海)戦で敗れたのを最後に、同場所限りで引退を表明した。

優勝回数は横綱にしてはあまり多くはないが、全勝が2回というのは横綱としても立派なものと言えるだろう。 最盛期の昭和58年春場所~昭和59年初場所の6場所では優勝3回+次点3回で80勝10敗、短期間ながらライバルを圧し最強と見られた点、決まったら必勝の得意な型(右四ツがっぷり)をもっていた点、時間をかけて出世した点などから、横綱三重ノ海とイメージをだぶらせるファンも多かったと言われる。

期間の長短はともかく、ライバルが不在がちの千代の富士に対抗した唯一の横綱、という評価も多く、また北の富士の九重親方も隆の里の引退時、「千代の富士が今日あるのは、ライバルとしてここまでした、という隆の里の功績も大きい」という賛辞を贈った。

親方時代 [編集]
引退後は年寄・鳴戸を襲名、現在は部屋を興して後進の指導に当たっている。若くして糖尿病にかかった影響で出世が遅れ、衰えが早かったことを惜しむファンは多いが、親方としての手腕は闘病経験が存分に活かされている。解説時代には分析力は角界随一と呼ばれるほど相撲知識が豊富であり、弟子を指導する時も他の親方のように頭ごなしに叱り飛ばすような指導方法は取らず、全員に分かるまで諭すと言うやり方をとる。一方では弟子に対する管理が厳しい一面もある。自身の現役時代の経験から弟子の指導に食育を積極的に取り入れており、食品や料理への造詣も深い。NHKの料理番組「きょうの料理」の講師(魚料理)を務めたほか、2003年12月には著書『親方はちゃんこ番』(ポプラ社 ISBN 978-4591078167)を上梓している。

引退後は審判委員を長く続けていたが、現役年寄で千代の富士以前の横綱経験者が全て理事もしくは役員待遇委員なのに対し、隆の里は北の湖や千代の富士より年上にもかかわらず、まだ役員待遇ではない。二所ノ関一門に横綱・大関経験者が多過ぎる事や、横綱時代の実績の差も原因と見られる。

若の里、隆乃若、稀勢の里の3力士を関脇へ昇進させる等、合計5人の関取を育てた手腕が評価されている。その一方で、近年では珍しく出稽古を禁じていることに関しては他の親方から疑問を呈されている。2009年3月23日の理事長懇談会の席で、武蔵川理事長(元三重ノ海)は「稀勢の里は出稽古に行かないと成長しない」という旨の発言をし、九重広報部長(元千代の富士)もこれに同調した。これに対し鳴戸は
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

巡業やVTRで相手の研究はできる[1]
自分の考えは師匠の教えを継承している
自分が現役のときも出稽古にはほとんど行かなかった
関取は部屋の者を鍛える役目がある
数日出稽古に参加することで効果があるかは疑問[2]
という主張で反論している。 双方の意見に対し、元大鵬(既に退職している)の納谷幸喜は自身の連載[3]で、大鵬が関脇の頃若羽黒のもとへ出稽古したことや初代若乃花に巡業で稽古してもらったこと、横綱になってからは清國・玉の海・北の富士が稽古にきたことを引き合いに出し、武蔵川らを支持した。

エピソード [編集]
十両時代には勝った翌日には負け、その翌日には勝つ(ヌケヌケと呼ばれる)というパターン「○●○●○●○●○●○●○●○」で8勝7敗とした場所(1975年1月場所)があり、これは相撲歴を辿っても珍しい星取りである。隆の里は星の取り方を見ても全体的にバラツキが目立つ方であり、特に昭和50年代前半は、幕内でもそれに近く、1つ2つ星が違えばヌケヌケとなるような成績を幾度も出していたほどである。

また、大関から横綱に昇進したときの成績を見ると、15戦全勝(大関、初優勝)の後、10勝5敗と綱取りを逃しているものの、翌場所は11勝4敗→12勝3敗→13勝2敗→14勝1敗(優勝)→15戦全勝(新横綱、優勝)と1勝ずつ増やしながら全勝に辿り着いていて、これもまた珍しいものである。しかしその後は13勝2敗→13勝2敗(優勝)→11勝4敗→11勝4敗→10勝5敗→10勝5敗とだんだん降下している。その後昭和59年(1984年)11月場所からは殆ど途中休場と全休の繰り返しとなり、最後の皆勤場所となった昭和60年(1985年)7月場所も10勝5敗だった。それでも新横綱で全勝という偉業を成したことは、大力士と呼ばれた過去の横綱にもないことで、このときの隆の里が最強とも言われた。現在も面白い星取りの力士として、ファンの間では語り草になっている。

主な成績 [編集]
通算成績:693勝493敗80休 勝率.584
幕内成績:464勝313敗80休 勝率.597
横綱成績:95勝42敗75休 勝率.693
幕内最高優勝:4回(全勝2回)
年間最多勝:1983年(78勝12敗)
幕内在位:58場所
三賞:殊勲賞2回、敢闘賞5回
金星:2個(輪島1、北の湖1)
各段優勝:十両1回(1979年3月場所)

2009年03月17日

総門-江戸時代末期の建築

境内には地形の高低差を生かして多くの建物が建ち、それらの間は渡り廊下でつながれている。

総門-江戸時代末期の建築。「高麗門」と呼ばれる形式である。
中門-延享元年(1744年)の建築。「薬医門」と呼ばれる形式である。「高麗門」「薬医門」ともに、寺院建築よりは城郭、大名屋敷などに多く見られる形式である。
御影堂-1912年(大正元年)に完成した総ケヤキ造の仏堂。宗祖法然を祀る堂で、本尊を安置する阿弥陀堂よりも規模が大きい。
阿弥陀堂-御影堂より一段高い敷地に位置する。慶長年間(17世紀初)頃の建築。本尊の「顧り(みかえり)阿弥陀」像(重文)を安置する。
多宝塔-境内の最も高い位置にあり、景観上重要な位置を占めている。1928年(昭和3年)、篤志家の寄付で建設された。
方丈-「方丈」は禅宗寺院特有の建物で、他宗ではあまり見かけないものだが、禅林寺の方丈は、平面、立面ともに禅宗寺院の方丈と同形式の建物である。寺伝では永正年間(1504-1511)、後柏原天皇によって建てられたというが、実際の建築は江戸時代に降るものとみられる。
イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア

文化財 [編集]

国宝 [編集]
山越阿弥陀図-鎌倉時代の仏画。
金銅蓮華文磬(こんどう れんげもん けい)

重要文化財 [編集]

絵画 [編集]
絹本著色釈迦如来像・十大弟子像
絹本著色薬師如来像
絹本著色来迎阿弥陀如来像
絹本金彩阿弥陀二十五菩薩来迎図
絹本著色釈迦十六善神像
絹本著色十界図 2幅
絹本著色十六羅漢像 16幅
絹本著色当麻曼荼羅図
絹本著色仏涅槃図
紙本淡彩釈迦三尊像 狩野元信筆 
紙本著色融通念仏縁起 伝土佐光信筆2巻 
紙本墨画波濤図 12幅 長谷川等伯筆
二十五菩薩来迎図絵扉(善導大師厨子扉)12枚

彫刻 [編集]
木造阿弥陀如来立像(みかえり阿弥陀)-「みかえり阿弥陀」の通称で知られる、頭部を左(向かって右)に向けた特異な姿の像。像高77センチ。かつては鎌倉時代の作とされたこともあったが、作風、構造等の特色から、平安時代末期、12世紀頃の作と見るのが妥当である。この種の「みかえり阿弥陀」の作例は中国にもあり(四川省安岳円覚洞16号窟、宋時代)、日本では山形県善光寺像など、鎌倉時代以降の作例が若干知られている。1999年、重要文化財に指定。

書跡典籍 [編集]
當麻曼荼羅縁起
融通念仏勧進帳 文安四年三月日(金銀泥下絵料紙)

2009年03月01日

長い間眠りについていた老婆

デビルバーチャン
声 - 向井真理子
長い間眠りについていた老婆。ガイに惚れており、彼のことをダーリンと呼んでいた。魔術を得意としており転身後は黒い狼に跨る邪悪な騎士「ヘルババゴン」になる。使い魔として魔鳥を二羽連れている。
ドラーゴン
それぞれの国に眠っていると言われる竜。ピースストーンの力で目覚めさせることができ、バトシーラーがピースストーンを使うと真の姿である「守護竜」になる(尚、ドラーゴンと守護竜の外見上の違いは体色のみ)。登場当初バトシーラー達はドラーゴンをそのままピースストーンで操っていたが、物語後半以降『ドラーゴン=悪の時の姿』と設定が固定された。
破滅の魔王
破壊を好む邪悪な竜。ガイの台詞によると、これもドラーゴンの一種であるらしい。頭部にある8つの角が弱点であり、全てを切り落とすと消滅する。ピースストーンベースに全てのピースストーンをはめると、真の力を引き出すことができる。また、ヘルババゴンと合体する事も可能。
クシュンサナギ、オネツサナギ、ゴホンサナギ
デビルバーチャンが魔術で作り出した生物で、甲虫のサナギに悪魔のような翼が生えた姿をしている。転身すると各々カブトムシやクワガタムシのような姿の「ハクションセイ虫」「カーッカセイ虫」「ゴッホンセイ虫」になる。咳やくしゃみ、発熱といった症状を引き起こす力がある。
やどり虫
同じくデビルバーチャンが作り出した生物で、クシュンサナギらと似た姿をしている。転身はしなかったが、相手の身体に取り付いて操る力がある。

各属性のバトシーラー
各属性のバトシーラーを以下に記す。 記述方法は「属性:バトシーラーの名前/初期登場時の名前」である。当時の公式ホームページによると、企画時には光のピースストーンや闇のピースストーンで転身したゴルコマチが登場する案もあったようである。


スーパーガッツ・アクア/キャプテンファッツ

スーパーつちんこ/つちわらし

スーパークラマックス/スギサーク
スーパーケーン豪之守/ケーン格之進

スーパーイイデスセイバー/ペガサスライダー
スーパーマガサスハンター/ペガサスライダー(マガサスは、ガイの「魔矢」によってペガサスが転身した姿)
ストアッ ソードフ こりー テレホブ ヘンジ ガーべジ ミュータント アシッド ゲリコ チェスト キャリア オープン モンゴ ストリー ビッチ シェイク モック マジャ クリアス テネリ ロム ジュエル ルブリク リムジン エナメルレ ダルフ ファウ ライト デスク ロック カクテル セシウム リカステ キンレン モンキ 花の坊 ワイン ウィキ ミゼット サイコ ステージ 黒船 ゲルマ オメガ ハリウッド ソーラー ケイン セレナイト テーラー フロップ


スーパータテガミ丸/鬼影
スーパーオタケビ丸/マタタビ丸

スーパーマイティーゴーレム/迷子ーレム

スーパージャンヌザルク/ジャンヌザル

スーパーゴルゴネス/ゴルコギャル

テレビアニメ
テレビ愛知製作・テレビ東京系列で全52話が放映された(2001年4月7日 - 2002年3月30日放映)。
基本的にシール第二弾を元にしている。
DVDはケンメディアより全13巻の予定で順次リリースされていたが、2002年5月発売の第6巻(24話)を最後にリリースが中断されている。
原作のシールと同様、主要登場人物すべてが転身(変身)するのが特徴。多くの場合ギャグタッチな姿と格好いい姿の2種類だが、キャラクターによってはさらに多くの姿に転身する。
転身前後で口調や性格が大きく変わる場合が多いが、声優は変わらない。ドボーグ1号 - 4号を演じた江川大輔は、最終回後のインタビューで「一度だけやったドボーグ隊の点呼が大変だった」と語っている。
企画のメインはシール付のお菓子であり、そのCMも頻繁に流されていた。しかしテレビアニメ版の放送当時、肝心の製品は各店頭であまり見かけることはなかった。明治製菓によるとこれは、「オンエア前に先行発売したが、売れ行きが悪く、コンビニ流通を大幅に縮小してしまった」とのこと。
基本的に漫画などとは独立しているが、立迫版コミックから使われた要素や展開が存在する(特にシリーズ初期)。

2009年02月11日

地獄先生ぬ〜べ〜

「鬼の手」を持つ小学校教師「ぬ〜べ〜」こと鵺野鳴介が生徒を守る為に、妖怪や悪霊を退治する学園コメディー。なお、教師が公の場で小学生を呼ぶ場合「児童」と呼ぶのが適切だが、漫画アニメ双方の作品中「生徒」と呼ばれている。
アビランド ケイソ グズア 月の宿 トラム 太鼓判 バロイ ガリウム ジョーカー スーパー プチブ ダムウェ フット チルドレン シーズン ポインセ キッチン メンチ ナラティブ 河童大王 アービト キャリア カララー ダブルシン ガッツ カフス ビジョン デバイ マスゲ シェード ナル 華麗 プロジェト スタート スタンド ハノー リアリ スヌーピ アオザイ フォトメ ビンバ シネコン スローガン ライン センナ ハイマツ アコード フォカマイ スコア ケブキ

集英社『週刊少年ジャンプ』にて1993年38号-1999年24号まで連載。友情、努力、勝利というジャンプ従来のコンセプトに加え、教育、ホラー、怪談、ラブコメディ、博学、お色気など様々な要素を採り入れ、バリエーションに富んだ展開と個性豊かなキャラクターが繰り広げるストーリーで多くの読者に支持され、1990年代後半のジャンプ低迷期の中で主力の一翼を担うヒット作となった[1]。メディアミックスも果たし、テレビ朝日系でテレビアニメ化(1996年4月-1997年6月・全49話)やアニメ映画化(3作)、OVA化(3作)、PSゲーム化などが実現している。

総発行部数は、コミックス版全31巻、販売実績では2000万部[2]となっている。また、2006年には全20巻の文庫版が発売された。

作品の特徴
作品の構成は基本的に1話完結ものであり(連載終盤ではそのスタンスが崩され、長編も増えた)、その中に様々な要素を採り入れている。根元となっている作品の構成やテーマについては、後の文庫版収録のこぼれ話「メイキング・オブ・ぬ~べ~」によって仄めかされている。

妖怪・霊の位置づけ
作品の主体となっているのは、舞台となる童守町での正義感の強い霊能力教師、「ぬ〜べ〜」こと鵺野鳴介の活躍劇で、彼が妖怪や霊から教え子や町民を助けるという図式で成り立っている。とりわけ、この作品には「妖怪」「霊」の存在が強く作品に働きかけており、「人の心が妖怪を創り出す」が作品に対する共通理念として掲げられ[3]、それに対する人の心理が深く作品の中身に関わっている。よって、彼らは牙を剥き、ぬ〜べ〜たちに襲い掛かるだけでなく、時に彼らは人間の理解者、味方であったり、時には人間によって捻じ曲げられた被害者としても描かれている。その中に後述の登場人物たちが複雑に絡み合っていくことで、独特の作品世界が形作られている。また、妖怪、悪霊のほか、都市伝説や怪奇ファイルなどを採り上げたりもしているが、これらも全て基本概念である妖怪、霊の存在に置き換えたりしている。

ストーリーの傾向
ストーリーの傾向は実に多種多様であり、パターン化されないよう作者の試みが生かされた[4]。生徒や町民に襲い掛かる妖怪や悪霊を倒すバトル中心の展開だけでなく、本格的なホラーや、ドラマチックなメロドラマ、ラブストーリー、読者に対して人生観を問うようなヒューマンドラマ、ミステリアスな伝奇ストーリーやナンセンスなギャグ、諷刺や皮肉を込めた話なども見られ、子供っぽい話から大人びた話まで幅広い。このような趣向の背景には、当時担当の編集者の意向もあり、それに合わせていたと真倉が語っている[5]。また、ぬ〜べ〜以外にも、童守小の生徒たち、ゆきめや玉藻といった妖怪などにスポットを当てることで、がらっと作品の雰囲気が入れ替わることもある。採り上げる題材によって日本の妖怪編、学校の七不思議・都市伝説編、Xファイル編、ホビー編、バトル編などに分けられる。

キャラクター
この作品の魅力の一つとして、登場キャラクターも挙げられる。原作者の真倉はキャラクター設定において、性格や心理学に基づく行動原理に重点を置いており[6]、キャラクターの心理描写は緻密に描かれている。また、それは友人、師弟、親子、男女といった人間関係にも有用に働きかけており[7]、一層キャラの個性を引き立てるものとなっている。それに加え、岡野の画風はいわゆる美形、美少女キャラが多く、一部のキャラには熱心なファンが付くほどである[8]。

教養漫画としての側面
さらに、話のベースとなっているものはぬ〜べ〜の教育理論や道徳論、人生論であり、各ストーリーに於いて個々のテーマが設けられ、読者に対するメッセージ性が強いのも大きな特長である。更に、テーマは心理学や社会学、論理学などの専門知識を採り上げている場合もあるが、話は子供にも理解しやすく描くようにしている。それどころか、テーマがストーリーの裏側にカモフラージュされた話も多く、深く内容を読み取らないと主旨に気付かない仕掛けになっている作品もあり[9]、全体で一貫したテーマを持ったオムニバス作品としても仕上がっている。

連載終了とその後
『週刊少年ジャンプ』連載作品において、基本的に一話完結もので30巻以上続いた作品は、本作と『こちら葛飾区亀有公園前派出所』だけである。また、連載終了まで猶予期間を与えられた[10]ことで、ジャンプ連載作品としては珍しく円満な完結を遂げているため、その点も当作品が評価されている一つの理由である。また、爆発的なヒットこそなかったものの、連載終了後も根強い人気を誇り、息の長いロングランヒット作品といえる。それについては、後述のアニメ作品が夏休みなどの朝のアニメ番組として何度も再放送された実績があり、その度に新たな世代の読者層を開拓していた[11]ことが大きな要因である。

後に同作者によって連載された『未確認少年ゲドー』に本作のキャラが脇役や背景キャラとしてちょくちょく登場している。

作中の描写について
この作品は読者サービスと銘打ったお色気シーンとして、少年誌にありがちな「サービスカット」が多い。インパクトの強い描写はこの作品の特徴でもあり、他にギャグ的表現や人・妖怪の生々しい存在感、また死体や虫などのいわゆるグロテスクな表現も大胆に描いたりしている。

スピンオフ作品
作中に登場するイタコ見習い・葉月いずなを主人公としたスピンオフ作品『現代都市妖鬼考 霊媒師いずな』が、集英社『オースーパージャンプ』2007年8月号・11月号、『スーパージャンプ』2007年24号に掲載されている。その後『オースーパージャンプ』2008年6月号から連載開始、同年8月4日にはコミックス第1巻が発売された。

コミックスと文庫版との違い
2006年1月より漫画が文庫サイズで発売。巻数は全20巻。各巻には著者とキャラクターの対談による開発秘話や雑談が掲載されている他、構想だけ練られてお蔵入りした描き下ろし漫画「九月のレクイエム」(文庫版4巻)、登場人物ゆきめに関係した描き下ろし漫画「二人のゆきめ」も収録(文庫版第12巻)。そして、原作から7年後のキャラクター達のその後を描いた「さらにそれからの地獄先生ぬ〜べ〜」などが収録(文庫版第20巻)されている(ジャンプに掲載された「ぬ〜べ〜ニューヨークへ行く」のみが単行本未収録である)。

備考
この作品の連載開始前に「地獄先生ぬ〜ぼ〜」という、ほぼ同じキャラクター・設定による読みきり作品が掲載されたことがあるのだが、森永製菓の商品に「ぬーぼー」という同音のものが存在したため、今後仮にアニメ化となった時に協賛がライバル企業だった場合どうなるかを考えた上で連載開始以後の作品においては名称が「ぬ〜べ〜」に変更されている。なお、このときの作品およびエピソードは「ぬ〜べ〜」のコミックス第1巻と第3巻の巻末に収録されており、第1巻収録の作品はテレビアニメ版の第1話に採用されている(「ぬ〜べ〜」本編の第1話とほぼ同じ構成でもある)。
当時ジャンプで行われていた「1/2広告」というページの下半分を使った広告が存在したが、本作第9話において暗黙のルール(ページ左側に掲載する)を知らずに右側に掲載してしまった。その後、他の作家が同じく右側に掲載してしまった際に「ぬ~べ~でやっていたから…」と理由を語ったと言う。この事件から余計なトラブルの元になるということで、1/2広告や1/3広告は行われなくなった[12]。

登場人物
童守町
童守町は本作の舞台である架空の町。命名の由来は「わらべを守る町」。大字の町ではなく町制が敷かれている。しかし後に市規模の自治体であったことが判明する(あるいは、町の名をもつ市である可能性もある)。

巻末に載った童守町の概要を紹介したページでは山あり谷ありであまり大きな町ではないが、田舎という程でもない郊外に位置する中規模の町という設定だったが、ストーリーの殆どがこの童守町内で展開されていく構図をとっているため、ありとあらゆる名所が存在する巨大な町というコンセプトに変更されていった。また、アニメにおいて童守小の地下には関東ローム層があるとされている。

殆どの話の舞台が童守町になっている都合上、時には渋谷をそのまま模倣したようなセンター街が出てきたり、漁場、農村、巨大なアミューズメントパークや花やしきそのままの遊園地も出てくる。また玉藻が絡むストーリーではスタイリッシュで都会的な風景や街並が出てきたり、時には東京タワーそのまんまの「童守タワー」が出てくるなど、赤坂あたりを舞台にしていると読者に思わせるような雰囲気で描かれているが、あくまで「童守町内で街並のある港」が舞台ということになっている。

本編ストーリー中では大激戦が絡むような大ストーリーであっても、あくまで舞台設定は童守町内で起こるというコンセプトを維持しており[13]、終始身近な日常に巻き起こる出来事という路線で描かれている。

アニメ
テレビアニメ
テレビ朝日系で1996年4月13日から1997年6月21日まで放映。スポンサーの都合やテレビ局編集の関係もあったが、当初の予定通り4クールでの放映となった[14]。平均視聴率は11.3%。最終回は48話だが、「完全保存版!! 地獄先生ぬ〜べ〜超百科」もカウントされるので全49話となる。

原作とアニメ版の違い(読み切り作品「ぬーぼー」を除く)
主な違い
原作ではぬ〜べ〜は「白衣観音経(正式名称:白衣神咒)」を唱えるが、アニメではオリジナルの呪文になっている。これはテレビ側のスタッフが実在する経文の使用に難色を示したためであり、アニメ版では「宇宙天地 与我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在此刻 …」というの経文に差し換えられた。ただし、この創作経文は漢文学の専門家の協力を仰いでおり、押韻や平仄といったルールにも従った本格的なものである[15]。
アニメでは、封印された鬼の手を出すときに、手袋から「鬼」に因んだアニメ制作スタッフ創作のマークが浮き出る演出がある。(梵字ではない)
原作では第一話で広が転校してくるが、アニメでは広が在学生で、ぬ〜べ〜が転任してくる(読み切り作品の第1話をベースとする)。それに従い登場する妖怪も疳の虫から心臓病を引き起こす妖怪(読みきりで広に取り付いてる妖怪)に変更されている。
アニメオリジナルキャラクターとして、原作者の自画像をモデルにした‘マクラノショージ’という解説役が登場し、作品の展開を補佐している。後に原作にも登場した。
玉藻の髪は原作が金髪でアニメが銀髪になっている(ただし、OVA三作目のみ金髪に修正)。
ゴールデンタイムでの放送ということもあり、原作に描かれているグロテスクな描写や、性的描写などはほぼカットされている。それでもより規制が厳しくなった現在から見れば、かなり過激なシーンもある。[16]
アニメ版及びOVA版では殺人犯や切り裂き魔など悪人は全て、妖怪が化けた姿ということで処理されている。これはアニメ制作監督のこだわりによるものである。例外は劇場版に登場した殺人犯ぐらいであるが、彼も作中では一度も事件を起こしていない(悪の部分は全て悪霊のしわざに振り替えられている)[17]。
クラスメートで原作と設定が異なるキャラが多い(広、金田、法子など)。
人魚の速魚(はやめ)、童守寺の和尚、黒井まみは未登場。木下あゆみについてはクラスメートの登場キャラとして設定されていた[18]が、モブシーンのみの登場となっている。

2009年01月24日

ロストグラウンドの落ちぶれた旧名家出身


ヤーダ ひまわり ヘンチック ロミア シロタ イングラ カフジ はばたけ チンナカ テライト オーツ インチ ウバナ ミクロン スカウト ドットコム ティアラ きょうせい ニードル シュート ヒュー パート フラッ バタフライ メイド ケミカ 大葉春菊 一寸法師 ポリス ギアナ ニガナ リルフール フィック バネー ビー玉流し ダンディ インプット らんぐい ムール ものう ユニーク ムベ ジップア のぎつね ロッテル モヘンジ ハウス タンドー ブロージ リグニン
無常 矜侍(むじょう きょうじ)(声:白鳥哲)
本土から送られてきたアルター使い。元々はロストグラウンドの落ちぶれた旧名家出身であり、あらゆる意味で頂点に立ちたいという激しいハングリー精神を持つ。口調は「ですます調」にて性格は陰険で、まさに慇懃無礼である。名家の出身でかつ精神の強い劉鳳に強い嫉妬心を抱く。劉鳳の父・劉大蓮への脅迫および拘束を試み、自殺に追いやる。その性格や冷酷な瞳から「蛇野郎」とクーガーやカズマに言われる。
力を求め本土へ移り、自ら望んで精製を受け、さらに出戻ってきたロストグラウンドでアルター結晶体と遭遇。「向こう側」の力を得て、独断でロストグラウンドの市街を占拠。それを越権行為と非難し、離反を試みる役人達を抹殺。最終的には本土への逆支配を企んでいた。
自らと同じく精製されたアルター使いのあやせやビフや白ダース部隊を付き従えている。その為、ホーリーの実権をジグマール隊長から奪いながらも、既存の隊員へ直に命を下す機会は少ない(隊員の多くをジグマールの了承無しに本土へ移送しており、最初から即戦力として期待していない)。無常の指示で動く隊員は、来夏月のような一部に限られる。
他人の心を読むかなみのアルター能力を吸収し、敵の次の一手を事前に読み取れる。素早い攻撃が売りのクーガーは、読まれてしまうと手も足も出ず、完敗する。
カズマ・劉鳳に決戦を挑み、カズマの一撃で「向こう側」へと飛んだ際に、さらなる力を得て再び帰還、醜悪な姿へ変貌しつつ巨大化するも、進化したカズマの敵ではなかった。
先述の通りハングリー精神が強いため、何度も立ち上がってきた訳であるが「向こう側」の力を引き出して醜悪な怪物となった時には初めて満たされたと満足していた。それはつまり、無常の精神力の限界を表していたと思われる。思想・理念というよりも欲望のために動いており、ある意味では非常に純粋な人間であったといえよう。名が体を表している。
その独特な口調や性格から、キャスト陣や一部のファンに大人気であり、キャスト陣(主に緑川光)からのモノマネのネタになっていたとか。

その他
劉 大蓮(りゅう たいれん)(声:中村秀利)
ロストグラウンド復興地区の4分の1を支配している大物華僑劉家の総帥。「ロストグラウンドの未来はロストグラウンドの住民自身が決めるべき」という信念を持っている。家族構成は妻・桂華 息子・劉鳳だが、6年前に妻・桂華を亡くした。また、父親としては劉鳳の良き理解者であり劉鳳がホーリーに入隊した時も何も言わなかった。その後、ロストグラウンドの権力を掌握した無常矜侍に財産没収を宣告され全ての富を失う。そして、無常矜侍の人質となり、劉鳳の迷惑にならないようにとの配慮で自害した。
劉 桂華(りゅう けいか)(声:金丸日向子)
劉鳳の母親。優しく温厚な性格で桐生水守が劉家を訪れた際も温かく迎えた。6年前に謎のアルター(結晶体)によって殺される。なお、この事件がきっかけとなり劉鳳のアルター“絶影”が発現し、その後劉鳳は母親を殺したアルターを執拗に追い求めるようになる。
桐生 忠範(きりゅう ただのり)(声:長島雄一)
桐生水守の父親。連経済特別区域(ロストグラウンド)において限定通貨を発行するなど、大きな影響力を持つ。ホールドの出資者で最高顧問でもある。娘を本土に連れ戻すために無常矜侍に多少の無理も目をつぶると約束した。
キャミィ(声:ゆきじ)
橘あすかの恋人。あすかがHOLYを追い出されて未開発地区で働いてたため暫く音信不通だったが、無常の件以降に無事再会した。
アフターでは水守やかなみとも女性的に仲良くしていて、彼女らはあすかと共に暮らしている。後に妊娠し、あすかとの間に遍(あまね)という女児を儲けた。
寺田 明(てらだ あきら)(声:山田ふしぎ)
寺田あやせの弟。重い持病を患っていて、体調がいつも優れないらしい。あやせの精製の条件の1つに彼の本土での治療が入っていて、治療中だったがあやせとカズマの戦闘中に逝去。無常の発言から察するに治療ではなく単なる延命措置だったともとれる。
プーリー
カズマと橘あすかが落ちた地下洞窟内の廃墟に住む、アルター能力を持った小動物。子供を守るためにカズマやあすかと対立する。後にあすかの仕事場に子供達と一緒に引き取られた。

アルター能力
名称は「ALTERATION(変化、進化)」から「ALTER(アルター)」という名が付けられた。

正式名称は精神感応性物質変換能力と呼ばれ、自分の意志(精神力)により周辺のあらゆる物質(人間を含む生き物以外。ただし、初心者の場合は不慮に自分自身を分解することがある。また、死体の分解は可能でいかに生体でもアルター粒子が非常に濃い場所に近づくと分解され跡形も無くなる)を原子レベルで分解し、各々の特殊能力形態に再構成することができる特殊能力である。基本的にロストグラウンド出身の新生児の2~5%に見られ、その数値は年々増え続けている。また、ジグマールの年齢が26歳で22年前の大隆起時には既に生まれていたにも関わらず何故アルターが使えるかは不明だが、アフターにおける水守の例を考えるとアルターは必ずしも先天性的な物であるとは限らず、何らかの資質や条件があれば能力に目覚めるケースがあると思われる。また、一部の強力なアルター使いは相手のアルター物質を分解し自らのアルターへと再構成したり、破壊された部分を再度構築する再々構成を行う事ができる。

アルターの形状や能力はアルター使いにより様々で、能力者自身の性格や願望が反映されているとも言われ、能力者自身の体の一部を変化させる融合装着型、能力者から離れて行動できる自立稼動型、アルターを何らかの能力や形と共に具現する具現型、他人の精神や別の空間など特殊な領域に干渉するというアクセス型に大別される。ただし、融合装着タイプと自立稼動タイプを併せ持つ能力者やどちらかを選択して能力を発現させるタイプ、常夏3姉妹の様な自己の人格を有すタイプ、由詫かなみのように特定の形を取らないタイプの存在も確認されている。また、イーリャンや由詫かなみなど物質の分解・再構築をせずとも能力を使えるというパターンも存在する。結晶化した物が既成物質と同じ構造である事もあり、雪や海をアルターとして構築する能力者も存在する。

また、アルター能力は精製が可能で、能力を強化・変化させる事が出来る。初期は精製の技術力が低く、命に影響を及ぼす事がある。精製の代償としてアルターを使うたびに寿命が削れる等の副作用がある。更に、アルターの酷使や急に強大なアルター能力を使用などによる気絶、意識があっても精神的ダメージによってアルターが発現しなくなるなどと言ったオーバーシュートという現象がある。劉鳳のような一時的な物なケースもあれば、アフターのスゥのような永久的なケースもある。

シェルブリット(カズマ)
融合装着型。右腕が装甲で覆われ、背中には3本の赤い羽根が生え、髪の毛が逆立つ。羽根を1本ずつ推進剤と化し、敵に突進し強烈な一撃を見舞う衝撃のファーストブリット、撃滅のセカンドブリット、抹殺のラストブリットという技を持つ。一度の能力発動で使える必殺技はこの3発まで。また地面を殴りつけ、通常よりもはるかに高くジャンプできる。

2009年01月17日

ライトノベルの販売戦略

現在のライトノベルはアニメ・ゲーム業界とはメディアミックスを通じて、事実上不可分と言えるほどに密接な関係を構築している。挿絵やコミカライズなどを多くは漫画家が担当しているため、漫画業界との関係は更に深い。 そのため、ライトノベルにしてもメディアミックス展開を販売戦略の主軸に据えており、長期の人気シリーズになっている作品についてはそのほとんどがコミカライズ及びタイアップによりアニメ化やゲーム化をされている。この傾向は特に角川系ライトノベルレーベルの作品において顕著である。ゲーム化される作品も少なくない。例として90年代に大ヒットした富士見書房の『スレイヤーズ』などがある。人気アニメやゲームがノベライズ化され、ライトノベルのレーベルより出版される逆パターンのケースも多い。
ドリーム ミリバ すぐき菜 ちそう パンプ ハーフ カバー しゃるどね リニュ バイオ カリソウ ノータック キシャー スモー スンドゥ ずっき じゅんか チンチラ ブタジ カーネ ロゴ チェック アクシオン ロメン 銀色の雨 マスタ ミーゴー パエリ きんあか ディン ワスプ ハロー ジスト パレード たーつぁい オテコ オープン たまりん ジャグ メラノ カーコン ツガWEB アプリ オービタル ハーフ ナビ夕立 エスアイ つくし プレイシ ハイブ


出版社の多くはメディアミックスを重視する販売戦略の一環として、大手チェーンのアニメショップや漫画専門店などを重視しており、これらへの重点的な配本や販売キャンペーンを行っている。ライトノベルの主な購買層が漫画・アニメ世代であり、この種の店舗の主たる利用者とほぼ一致するため、極めて大きな効果を上げている。

アスキー・メディアワークスは、売上げの多い書店・チェーン店を重点的に配本する販売店として指定し(「電撃組」と呼ばれる)、ある作家の前作の売り上げ数を次作の初回配本数とする、というシステムを構築している[1]。他の角川グループの出版社も特約店制度を導入し、優先的な配本を行なっている。角川グループ以外の出版社も実績配本を行なっている[12]。

日本国外の動向

韓国
韓国では主に大元メディアや鶴山文化社、ソウル文化社が日本で人気が出たタイトルを軒並み翻訳しており、一部の大型書店であれば簡単に手に入れることができる。刊行ペースもかなり早く、日本国外では最も日本産ライトノベルを受容している国といえるだろう。また、韓国でも「ライトノベル」という言葉を使っているがあまり一般的には浸透していない。[要出典]

大元メディア
NT Novels - 角川スニーカー文庫・富士見ミステリー文庫・電撃文庫・スーパーダッシュ文庫・MF文庫J
ISSUE NOVELS - 角川スニーカー文庫・角川ビーンズ文庫・講談社X文庫ホワイトハート・C★NOVELS
ソウル文化社
Wink Novels - コバルト文庫・角川ビーンズ文庫
鶴山文化社
Extreme Novel - 角川スニーカー文庫・電撃文庫・富士見ミステリー文庫・ファミ通文庫・EXノベルズ
May Queen Novel - 角川ビーンズ文庫・コバルト文庫

台湾・香港
台湾・香港では角川書店の現地法人・台湾国際角川書店がスニーカー文庫や電撃文庫の一部作品を繁体字中文に翻訳して発売している[13]。2007年には青文出版集団が集英社と独占契約を締結し「菁英文庫」(Elite Novels) のレーベル名でスーパーダッシュ文庫・コバルト文庫のタイトルを刊行[14]しているのを始め、日本では後発参入であるGA文庫やHJ文庫もそれぞれ現地の出版社と独占ないし優先契約を締結している。太字は独占・優先契約。

青文出版集団
菁英文庫 (Elite Novels) - スーパーダッシュ文庫・コバルト文庫
CW Novels - ファミ通文庫・ジャンプ j-Books・EXノベルズ
尖端出版
浮文字 - 電撃文庫・富士見ミステリー文庫・ファミ通文庫・ガガガ文庫・ルルル文庫・MF文庫J・GA文庫・講談社ノベルス・講談社BOX・ハヤカワ文庫JA・徳間デュアル文庫・角川スニーカー文庫
台湾国際角川書店
Fantastic Novels - 角川スニーカー文庫・角川ビーンズ文庫・富士見ファンタジア文庫・富士見ミステリー文庫・電撃文庫・ファミ通文庫
Midori Novels - 角川スニーカー文庫・角川ビーンズ文庫・ファミ通文庫
Ruby Series - 角川ルビー文庫
BLOOM Series Novels
東立出版社
東立軽小説 - 電撃文庫・ファミ通文庫・ガガガ文庫・ルルル文庫・MF文庫J・HJ文庫・ジャンプ j-Books・徳間デュアル文庫
銘顕文化事業
銘顕文化日系小説 - MF文庫J

北米
アメリカでは2004年にTOKYOPOPが「スレイヤーズ」を刊行して以降、VIZ Mediaが「灼眼のシャナ」を刊行するなど紹介されたタイトルは少数で、漫画作品に比べると翻訳出版は進んでいなかったがセブンシーズ・エンターテインメントがメディアワークスやメディアファクトリーからライセンス供与を受け2007年より「lightnovel」レーベルを新設し「しにがみのバラッド。」や「ヴぁんぷ!」「かのこん」「ゼロの使い魔」などを刊行[15]。韓国・台湾に続き講談社『ファウスト』の創刊も決定している。

TOKYOPOP
TOKYOPOP Novels - 角川スニーカー文庫・富士見ファンタジア文庫・富士見ミステリー文庫・電撃文庫・ハヤカワ文庫JA
Seven Seas Entertainment
lightnovel - 電撃文庫・MF文庫J

ヨーロッパ
ヨーロッパではTOKYOPOPがドイツで主に角川グループ系やコバルト文庫の作品を翻訳出版している。

TOKYOPOP
TOKYOPOP Romane - 角川スニーカー文庫・角川ルビー文庫・電撃文庫・ファミ通文庫・コバルト文庫

ロシア
ロシアでは日本における略称「ラノベ」がそのまま単語として定着しつつある。表記は「ранобэ」で、元の略語が英語の「light novel」の省略形であることを考えると「ланове」の方がより正確だと思われるが、既に「кавасаки」(カワサキ。カニ籠漁船の意味。造船メーカー・川崎重工業が由来)と同様に日本からの外来語としてローマ字表記「ranobe」の転写である「ранобэ」が主流になってしまっているらしい。

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